真魚八重子 アヌトパンナ・アニルッダ

いまさら?という話題を書きます。

『鉄と鉛』感想

今度、シネマヴェーラで上映があるらしいので、11年前!に書いた感想文をアップしておきます。内容が古いし、文章もこなれてませんがご容赦を。あと、敬称がムチャクチャかと思います。


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『鉄と鉛』
 
東映東映ビデオ) 監督&脚本:きうちかずひろ 撮影:仙元誠三 照明:渡辺三雄 美術:今村力 編集:田中修  出演:渡瀬恒彦 成瀬正孝 宮崎光倫 岸本祐二 竹中直人('97) 

 和製ハードボイルド映画の傑作。非常に評価が高い作品で、2年後にきうち監督の新作『共犯者』が公開になった際、月刊『シナリオ』ではこの『鉄と鉛』の脚本を改めて掲載していました。きうち作品の独自な映像美も、この作品で完成をみたと思います。
 内容。ある日、探偵の渡瀬恒彦の元に、刑事が事情聴取に訪れた。探偵が先日ある女(白島靖代)から依頼を受けて捜索した男が、依頼者の女によって殺されたという。そして、死んだ男はやくざの浜健組組長・浜中(平泉成)の一人息子・浩一だった。
 翌朝、探偵を一人の少女が訪ねてくる。「行方不明の兄を探してくれませんか?」と頼む彼女。しかし、そこへ浜中とその舎弟の矢能(成瀬正孝)が入ってくる。ただならぬ雰囲気を察知した少女が慌てて出ていくと、ソファに腰掛けた浜中はおもむろに言い出す。「孫が死んだ。浩一の死を聞いた妊娠中の嫁は流産しかけた。孫は保育器の中で産声を上げることも出来なかった・・・。俺に子供は浩一しかいない。もう、俺はこの手で永久に孫は抱けない。」だから、「おまえには、死んでもらうことにした」。
 探偵に言い渡された余命は22時間13分。浜中の孫が保育器で生きていた時間だけだ。浜中たちが出ていった後、探偵は少女の依頼を受けることにした。彼は情報屋から聞き出して、少女の兄・洋一(宮崎光倫)がつるんでいるという、金光(岸本祐二)のアジトへ向かう。その探偵の様子を監視し続ける矢能。しかし、ちょうど金光は小学生を誘拐しており、殺害されかけた子供を救おうとして探偵は怪我を負ってしまい、矢能は何故か彼を救出する羽目になる。しかし掌を撃ち抜かれながらも、探偵はその子供に「絶対助けてやる」と約束をしたため、タイムリミットまで命をかけ、ひたすら子供の救出に向かう。その様子に次第に矢能も惹きこまれ、二人は全身全霊で金光と子供の行方を追いかけていく・・・。
 きうちかずひろの前作『JOKER ジョーカー』は、まさに<実存>という言葉が相応しい、若者の存在証明を表した映画でした。ただ銃の重みや冷たさにある言葉以前の現実感、発砲の瞬間にこそありのまま己が顕在化する、主体の閃光のような瞬発的獲得がある作品で素晴らしいです。が、あんまーり若者に興味のないわたしは、自己はもうどうしようもなく<在って>、その自分ができること、目先の責任を果たすことだけに没入し命を賭けるおとなの男の方が、好きなのです。
 探偵が金光のアジトからなかなか戻らず、しびれを切らした矢能が忍んで行ってアジトの窓から中を覗くと、血まみれの探偵と洋一と、目隠しに猿轡をされた子供が転がっている場面があります。次のカット、窓から身を離したとたん成瀬正孝が逡巡の表情はなく、無造作に銃を連射するシーンがすごく良くて、発砲はあくまで手段でそこに己の魂の閃きがあるわけではないので、ほんとにタメとか一切なく流れるように行動に移るのです。それがとてもイイんだ。
 映像の美しさも特筆すべきもの。昼間のシーンの、明暗はクリアだけれど露出が抑えられた、光の部分がいぶし銀色に見える画面も綺麗だし、特に黒味が良い。探偵の部屋に浜中&矢能がいるシーンの、暗い部屋で大半が闇に沈んでいるのに、その暗闇でも黒いスーツのドレープが見えるような、とても艶のある漆黒で。基本的にとても粒子の細かい密度のある画面で、濡れた路面に映る水銀灯も、鮮やかでありつつ渋いシルバーに光る感じ。
 構図もとにかくフィックスが決まってます。車の窓を挟んだ3人の男の配置や、探偵の部屋で手前に浜中、奥にこちらを向いた探偵と姿勢を左に倒し気味な矢能とか、停止した男たちが絶妙に良いのですよ。だから、あるきっかけでカメラがゆっくりゆっくりパンするのがとても強い効果を生みます。無言の圧迫感というか、パンで緊張感が恐ろしく増すのがきうちかずひろ映画。あと、車内の矢能と話した後、探偵が不意に歩き出すカットで渡瀬恒彦の進行方向と逆に急速にカメラがパンして、車が発車しているような錯覚のある映像が変で面白かった。
 キャストも、きうち作品は同じ俳優さんが繰り返し出てくるのに妙があってねえ。今回も佐藤蛾次郎(前作『ジョーカー』と同じ雰囲気)、山西道広(常連さん。今回は『探偵物語』を彷彿とさせるイヤミな刑事)、そして片桐竜次なんて別に片桐竜次でなくても良いような役で出演しています。岸本祐二&宮崎光倫は凄惨な雰囲気にみんながひいた、きうち自身の監督版『BE-BOP-HIGHSCHOOL』で因縁の対決をしていた二人。今回はオッサン二人に対して、宮崎光倫が悪役では<理不尽に怖すぎる怪物>になって手におえなくなる可能性があるためか、岸本祐二が狂ったワル役。ハンサムな分、容姿に<悪徳のリリカルさ>があって、正解のキャスティングかと。モチロン主演の渡瀬恒彦も男気がクールに溢れまくりですごく良いし、でも、なんといっても成瀬正孝ですよー!最初はただつけ回してるのが、次第に探偵の死の前で燃えている男気に惚れてしまい、いつか行動を共にし始めるやくざの役がもう、その微妙な心理の変化とかカッコ良くって良くってたまらんです。
 で、小耳に挟んだことなのだけれど、成瀬さん演じる矢能役が、実は当初大地康雄に決定していたのが病気で降板し、そのため成瀬正孝が急遽登板になったとか・・・。大地さんには悪いですが、これはほんとにありがたい変更だったと思う。大地さんではティ・ロンになりかねないし。(ティ・ロンは『男たちの挽歌』で<泣きの哀愁ウェットさ100%>の芝居をしていた男気俳優)。この『鉄と鉛』が露骨な泣きにいかない、クールなハードボイルド作品に仕上がっているのは渡瀬&成瀬というコンビの賜物でしょう。容姿の相性というのは結構重要で、この二人が並ぶと男ぶりが相映えるというか、大人の男の感情を抑えた渋さが、二人がセットになることで、互いに際立つという相乗効果を生んでいました。よく似た男前二人をコンビにするのはセントラル・アーツのお家芸ですしねえ。第一、反射的な防衛・攻撃のアクションが二人とも決まっててさあ、それはもう車のドアの開け閉めや歩き出す姿にも、身に染みついた敏捷さみたいのが滲み出てるのですよ。

(以下反転)
 そして、男気全開の電話のシーン。これ、平泉成がずっと引きで表情の見えないのがとても良いし、成瀬さんのある種の沈着した無表情さがグッときます。壮年も山場を過ぎかけた修羅も知ってる男が、一生に一度と腹を括ったとき、もう感情などたやすく溢れないだろうと思わせる演技で、揺らぐもののない息を静めた単調さが、逆にすごく胸に迫ります。また、平泉成が演じる浜中のおそろしくセンシブルなキャラクターが冒頭で造られているからこそ、ここで矢能を受け入れる浜中の感受性が活きるのです。この場面の直前、暫く暗闇の中で背中を向けて佇んでいて、おもむろに座り、すっと電話をかけ始める成瀬さんの姿もとてもイイんだ、これが。
 それから。もう一人、探偵や矢能と共に闘った者がいて、彼は最後救出されたあと、探偵から「よく頑張った、偉いぞ!」と声をかけられます。その彼、誘拐されていた小学生は、その時初めてゆっくりアップで顔を捉えられ、涙をこぼします。このアップは仲間と認められた共闘者への祝意と敬意のカットであり、そして、この映画が最大に気高い瞬間でもありました。